一人の卒業生から始まった光の村の「生涯教育」

                       西谷英雄 

 光の村養護学校は去年で開校から四十年、思えば感無量の歳月です。しかしこの学校は、昭和三十四年五月に開いた「代用高等部・光の村職業補導所」の発展ですから、実際は五十年です。この補導所の始まりは、県内初の中学特殊学級最初の卒業生K男が、重いきつ音のために就職できないことからでした。

そこで高知市長に訴えて「紙箱工場」を作り、学校教育の中に組みこんだのです。この工場には技術者を二人置いて、知的障害教育での技術教育の実験をすることと、高知市の特殊学級の高等部になることが目的でした。

ところが彼は、日常生活に援助の必要な点が多いのです。「大人の仕事は、大人の生活が身につける」と考えていた私は、彼と共に土、日以外は学校で合宿し、全生活での自立の指導を続けました。こんな生活が十年続いて、工場は四国初の高等養護学校になり、彼は新校の技術指導員で、紙箱工場長に就任します。耐乏の農業社会時代生まれの子どもには、予想通り技術教育が可能でした。生活力が高まる程に、仕事の力も高まり障害を越えていくのです。「この子らも可能性は無限である。確かな生活がそれを実現する」これが以後の光の村教育の柱になります。この五十年、内には十代から六十代までの「生涯教育の場」が広がり、外には千葉・東京・加賀・神戸と、「自立を目ざす工場と生活施設」が広がっております。

今年は秩父市の光の村養護学校秩父自然学園が、新しい構想で学校の移転をします。光の村教育は常に、前進です。

※創立40周年より